大田原にある精工石材店のブログ

お墓、墓石のことはもちろん、日常の出来事など、色々な事をご紹介いたしております。

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六月の『参禅会』
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     昨日の朝は六月の『参禅会』でした。

    今回の法話は、高祖道元禅師の【典坐(てんぞ)教訓】の一節より、
    『他不是吾』 (他はこれわれにあらず) についてお話をいただきました。
    【典坐】とは禅寺において《食》を担当する僧の事です。

    若き道元禅師が宋の天童山にて《禅》を学んでいた頃のある暑い日、
    あるお寺で汗だくになりながら茸を乾している老僧に出会います。
    道元禅師は
    「この様な暑い日に、あなたがこの様な仕事をしなくても、若い僧にまかせたら良いのでは」
    と声をかけます。
    すると老僧は
    (た)は是吾(これわれ)にあらず」
    (他の者にさせたのでは自分の修行にならない)

    「更(さら)に何(いず)れの時をか待たん」
    (今せずに何時するというのか)

    今年の《流行語大賞》の有力候補
    「今でしょ!」
    ですね。

    難しい説明はありません。
    時に面倒な仕事は他人に任せてしまいがち、先延ばしにしてしまい、中々実行にうつせない。
    それではいけない。
    解っていても難しいことです。


    他不是吾 『他はこれわれにあらず』

    あなたがやろうとしたそれこそがあなたの仕事なのです。
    あなたの決心があなたを生かす仕事を決める。
    他の人ではない、あなたが行うべき仕事。
    そしてあなたが取りかかった時が、その仕事の旬なのです。


    | 禅の友 ? | 18:39 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    5月の『参禅会』
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       先日の日曜日は5月の『参禅会』でした。


      廓然無聖 (かくねんむしょう)

      からりとした虚空のように「聖」もなにもない境地のこと



      毎回記事の最後に、毎回いただく《参禅会カード》の文句を紹介させていただいておりますが、今回は『廓然無聖』。

      御住職の法話では、達磨大師と梁の武帝の問答より紹介されてましたが
      理解力に乏しい私には今一つ・・・?

      以前からこの問答の一部については聞いておりましたが改めてどの様な内用なのかを調べてみました。


      梁の武帝と言う御方は仏教にたいして信仰があつく、天竺からこられた達磨大師を迎えて聞いたそうです。

       
      帝問うて曰く 「朕(ちん)即位して已来、寺を造り、経を写し、僧を度すこと、勝て紀す可からず(数え切れないほどである)。何の功徳有りや」
      師曰く 「並びに功徳無し」
      帝曰く 「何を以て功徳無しや」
      師曰く 「此れ但だ人天(人間界・天上界)の小果にして有漏の因なり(煩悩の因をつくっているだけだ)。影の形に随うが如く有と雖も実には非ず」
      帝曰く 「如何が是れ真の功徳なるや」
      師曰く 「浄智は妙円にして、体自ら空寂なり。是の如き功徳は世を以て(この世界では)求まらず」
      帝又問う 「如何が是れ聖諦の第一義なるや」
            (仏法の根本義とは何か)
      師曰く 「 廓然無聖 なり」
      帝曰く 「朕に対する者は誰ぞ」
           (私の前にいるあなたは誰か)
      師曰く 「識らず」
           (そんな事は知らない)

      ん〜・・・
      まだ難しい・・・
      もっと修行をつまねばいけませんね〜


      | 禅の友 ? | 23:05 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
      4月の『参禅会』
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         今朝は4月の『参禅会』でした。

        昨夜から降り続いていた雨も、(傘をさして行こうか?)と悩む程度の霧雨に。
        堂内はうす暗く、暖かくも無ければ寒くもなく、このところ乾燥しきっていた空気も程良く湿っていて心静かに座ってまいりました。


        回向(回光)返照 えこうへんしょう

        外にむかって求めようとする心を内面に向け返して、自分自身を探求すること。正しく照らし出されれば、そこに真実の自己が現れる。


        「須らく事を尋ね語を逐うの解行を休すべし。
             須らく回光返照の退歩を学すべし。」 
                          (道元禅師 『普勧坐禅儀』より)

        書物などの言葉を研究し理解しようとする様な自己の祖とへ向かっての行いはやめるべきであり、自らの内に向かって光を当て、悟りを照らし出す行いをするべきである。
        | 禅の友 ? | 10:32 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
        三月の『参禅会』
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           今朝は三月の『参禅会』です。

          一昨日に《春一番》が吹き、
          ようやく暖かい春がやって来たかと思いきや、
          昨日から真冬日に逆戻り。
          坐っている手足の指先は冷たく冷え、背筋はぞくぞくと。


          しかし、
          昨夜はちょっと深酒をしてしまった為に
          今朝はちょっと《ほわ〜》とした感じ。

          おかげで寒さはそれ程苦に感じませんでした・・・
          (反省)



          老婆心

          年をとった女性が孫を可愛がって世話をやくような、先回りした親切心の事。
          棘のある社会の隙間を埋めてくれるという評価がある一方で、必要以上の
          親切心という意味もあり、自分の忠告などをへりくだっていう語としても
          使われる。




          | 禅の友 ? | 09:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          二月の『参禅会』・『節分祭』
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             先日は『参禅会』の日でした。

            二月の参禅といえば、一年間で最も寒く冷たい!
            と覚悟してましたが、前日から南の風が吹いたせいか
            これまでになく、二月としては暖かい参禅となりました。


            遍界不曾蔵 へんかいかつてかくさず

            真実は隠されているのではなく、眼前に全て現れている。
            よく見える目、よく感じる心、《心眼》を養わなければ
            それは見ることはできない。

            「音もなく香もなく常に天地は書かざる経を繰り返しつつ」

                            二宮尊徳翁道歌




            さて、先日は『節分』でもありました。
            光真寺でも『節分祭』が行われ、参禅後そのまま事務局の仕事となります。

            今年は日曜日と言う事もあり、昨年よりも多くの方がお参りに来られた様で
            《御札》作りにてんてこまい!

            忙しい一日でした。





            | 禅の友 ? | 05:52 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
            平成二十五年 正月の参禅会
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               本日は平成二十五年、最初の『参禅会』でした。

              昨夜の冷え込みから
              (明朝は寒いぞ〜)
              と覚悟しておりましたが
              本朝、家をでてみると予想ほど寒く感じませんでした。

              しかし堂内に入り坐り始めると、やはり一月の冷え込みがこたえます。
              背筋を突き刺す様な冷え、手足の指先などは痛いくらい。
              となりに座る次女もよく耐えたと感心しました。

              坐禅・お勤めが終わり、暖かい座敷での茶話会。
              今朝は《お粥》《漬け物》《お茶(甘酒)をいただきました。
              まさに雲水(禅の修行僧)さんの朝食《小食(しょうじき)のメニューですね。

              冷えた体に暖かいお粥と甘酒、美味しくいただきました。



                一行三昧 いちぎょうざんまい

              一つの修行法(坐禅)を決めて心を静め、心を散らさず乱さぬ状態
              あるいはその状態に至る修練のこと。
              三昧とは、サンスクリット語・パーリ語samadhiを音写したもの。
              日常生活においても、素直で生粋の生き方ができれば、また一行三昧となる。
              | 禅の友 ? | 09:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              光真寺『晋山式』
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                 昨日四・五日、八月に亡くなられました光純俊雄大和尚様の本葬儀が行われ、
                六日には『晋山(しんさん)式』が行われました。

                晋山とは新しい住職がそのお寺に正式に入る、
                と言う事です。

                新住職には俊雄大和尚様の三男、光忍泰弘和尚様が光真三十八世として入られました。
                改めて光真寺壇信徒一同お喜び申し上げます。


                | 禅の友 ? | 06:05 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
                平成二十四年 最後の参禅会
                0
                   十月、十一月は都合で休んでしまった参禅会。
                  気がつけば早いもので、今日が今年最後の参禅会となりました。
                  先日降り積もった雪が融けて屋根から落ちる音、窓から差し込む日差しは一見春を感じさせられましたが、堂内の冷えきった冷たい空気はやはり冬到来そのものです。

                  今月の一日から七日までの一週間、
                  各禅宗の道場では《 臘八摂心(ろうはつせっしん) 》と言う坐禅三昧の修行が行われています。
                  お釈迦様がこの一週間坐り続け、八日目の明けの明星を見て悟りを得られたと言う古事に習うものです。

                  坐禅中、住職様の話にて高祖道元禅師様の言葉について話をいただきました。

                  『人は皆生まれ持って仏である』(略)

                  人は生まれながら仏ならば、何故修行をする必要があるのか?
                  人は仏の心を持って生れてくるが、ただそれだけでは仏の心は育ちません。
                  日常生活を正しく過ごす(修行)を実践しなければ仏になれない。

                  といったお話だったと私は解釈しております。

                  《一分座れば一分の仏。五分座れば五分の仏。一生座れば一生が仏》

                  簡単に言えば、お釈迦様が行った事を正しく真似をすれば仏に成れると言う事なのでしょうがその真似をする事が中々難しい事ですね。
                  | 禅の友 ? | 21:36 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
                  八月の『参禅会』
                  0
                     昨日は八月の『参禅会』でした。
                    曇り空でしたので涼しく座れるかと思いましたが、堂内は少々蒸し暑く、やはり汗をぬぐいながらの参禅となりました。

                    大田山光真寺では8月17日に『大施食会 (せじきえ) が行われます。
                    お堂の片隅には施食棚が準備されていて、副住職様から≪お盆≫についての法話をいただきました。


                    ≪お盆≫とは、正しくは ≪盂蘭盆(うらぼん)≫ と言い、インドの言葉 ≪ウラバンナ≫ からきているそうです。
                    お盆の始まりはお釈迦様の時代にさかのぼります。
                    お釈迦様の弟子に目連尊者 (もくれんそんじゃ) という神通力の強い方がおられました。
                    ある時、神通力にてあの世の両親を探してみると≪畜生道≫に落ちて苦しんでいる様子。
                    なんとか救う手立てはないものかとお釈迦様に問います。

                    この時期のインドは雨期に入っており、 ≪雨安居 (うあんご) と言って、虫達を踏み潰ぬ様に長期間堂内に籠っての修行を行うそうです。

                    目連尊者の問いにお釈迦様は
                    「雨安居の最終日に修行僧達に供養をすればそれが功徳となり、両親を苦しみから救う事が出来るであろう。」
                    目連尊者はその教えの通り実行し、両親の魂を苦しみから救う事が出来たと言う事です。

                    この古事に習い、この時期に布施・供養といった施しを行い、三界萬霊のすべての霊を祀る事が≪お盆≫・≪施食≫なのだそうです。



                    | 禅の友 ? | 07:35 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
                    五月『参禅会』
                    0
                       今朝は五月の『参禅会』でした。

                      昨日は『子供の日』、男の子のいる家庭では≪鯉のぼり≫があがってます。
                      これは、滝を登った鯉が龍と化す云われ、≪鯉の滝のぼり≫・≪登竜門≫にちなんで子供達の大きな成長を祈ったものであるのは皆さん御承知かと思います。

                      今朝の参禅の法話にて、副住職から
                      道元禅師の教えを懐弉禅師が書き記した『正法眼蔵随聞記』の中に、これに似た教えがあるとの事でお話をいただきましたのでご紹介します。



                      『 海中に龍門と云ふ処り 』
                          『正法眼蔵随聞記』 水野弥穂子 訳 (ちくま学芸文庫) より


                      示ニ示ク、
                      海中に龍門と云フ処あり。浪頻りに作なり。
                      諸の魚、波の処を過ぐれば必ず龍と成るなり。故に龍門と云フなり。
                      今は云く、彼ノ処、浪も他処に異ならず、水も同ジくしははゆき水なり。
                      然れども定マれる不思議にて、魚この処を渡れば必ず龍と成るなり。
                      魚の鱗も改まらず、身も同ジ身ながら、忽ちに龍と成るなり。

                      衲子の儀式も是レをもて知ルべし。
                      処も他所ら似タれども、叢林に入れば必ず仏となり祖となるなり。
                          
                                          
                      【訳】
                      教えて言われた。
                      海の中に龍門という所がある。そこは波がしきりに打ち寄せる所である。
                      いろいろな魚がこの波の所を過ぎると、必ず龍になる。それで龍門と言うのである。
                      今この話で言いたいことは、この龍門という所はほかの所と波が違っているわけではない。
                      水も同じく塩からい水である。
                      けれども、一定の不思議な力によって、魚がここを通ると必ず龍になるのである。
                      見たところは魚の鱗がかわるわけでもない、その魚のからだもそのままでありながら、たちどころに龍となるのである。

                      達磨門下の禅僧の儀式も、これによって理解するがよい。
                      場所も他の所と同じような所であるが、修行の道場に入ると必ず仏となり、祖となるのである。




                      つまりは
                      「私達も、こうしてお釈迦様と同じ様に足を組んで座っていれば≪仏≫と成っているんですよ。」
                      という事ですね。



                      今朝の参禅には、大坂から帰省していた≪関西≫さんも座ってました。
                      話を聞くと、時間を間違えて一時間も早く来てしまったとの事。
                      今朝の≪関西≫さんは我々の倍の時間座っていたわけですから、我々の倍以上に仏と成られたんですね。 (合掌)
                      | 禅の友 ? | 10:44 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
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